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「それは、小規模な演習だからして居らん」
一瞬、まはりの者は皆黙つていた。わけを知らないのは今泉だけらしかつた。その意識のために、今泉はひどく大切な物をとり落したときの呆然とした眼で庄谷を眺めていた。もともとどこか空虚な感じのする彼の顔は、眼がとび出して底まで空つぽになつたやうに見えた。
「や、失礼、おさきに」
彼が冠をとると、円味のある顎肉には紐の痕が紅く残つていた。
「ふむ、ふむ」
「なあに、後から来るのんはほんの擦かすり傷みたいなもんやから、大事ありません。――時にせんせい、何んぼ差上げたらえゝでせう?」
「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」
男は始めにびつくりさせられて、今さう聞くと多少のみこめて来た様子であつた。どこも悪くないと云はれたこともうれしかつたらしい。房一はその腕をひつぱつて顕微鏡の前につれて行き男にのぞかせた。
「うむ、判る?――ね?」
「やあ」
半シャツの男は房一の前に来て、はじめてお辞儀らしい格好をした。
それは言葉にするとこんな風なものであつた。
云ひながら、腹帯の中からまるで金入れとは思へない位に大きな蟇口をとり出すと、十円札を何枚かつかんでいた。そして、ろくに返事も聞かないで房一に押しつけた。